神様じゃなくたまたまじゃなく(20210711 近近感魂♪魁GAY LIVE 1限)


良すぎたのでこうなってしまった

ライブを見ているときに、ああいまこのまま死んじゃいたいなあって思ってしまうようないいライブだった。ここのところほんとうにいいライブばかりで(というよりこの人たちはいいライブばかりをしている)、でも今日がだんとつでよかった、と言ってしまいたくなるようなライブだった。


MC明けのパラレルヤワールドが自分の体の毛全部逆立つような感覚になるくらいよかった、青春は何度でもやり直せるなんて嘘だで泣きそうになってしまって、おわりに近づいているって分かるような、「燃やし尽くす」みたいな表現がふさわしいような耳をすませばがすさまじくて、そうしてHe is me, tooがはじまったとき、とぺいさんのおちサビにさしかかったとき、あまりにも良くて、光のなかにいる四人を見ながら、この人たちの解散ライブがあるとしたらこんなふうなんじゃないかな、と思っていた。これはけしてかなしい意味合いではなく。そうやって思ってからのそっ閉じ 青春だったから、あ、ほんとうにこのまま終わってしまうかもしれない、このまま四人とも行ってしまうのかもしれない、ってめちゃくちゃ思った。最終回を見ているみたいだった。もう一度書くけど、悲観的に見える文章だなと自分でも思うけど全然そんなことはなくて、でもそう思ってしまうくらいきれいすぎた。

好きなアイドルグループの解散ライブを想像してしまうのってみんなよくやってしまうことなんだろうか。わたしはももクロの国立競技場でのライブを観終わってからけっこう考えてしまうことがあって、最後の日に「やって来ました今日はあなたと私のSpecial Day!」をうたわれたら崩れ落ちてしまうだろうなとか、「いつの間に迫ったつないだこの手を離す時」もそうだな、とか考えてたけど、杏果ちゃんの脱退があってからそういうことを考えることは一切なくなった。お別れのその日を想像できるのって、きっと永遠を確信できているときだけなんだろう。だから今日この日の自分の心のうごきってなんだかふしぎだったな。

このまま終わってしまうのかもしれない、と思いながら、さいごのさいごの一曲(1限と2限あるライブでここだけは曲目が変わる、その場でメンバーで決定するというかたちを先日からとっている)で勇者か村人Aが選ばれたときにこの日いちばん泣きそうになってしまったかもしれない。友だちも話していたけど、ここでそっ閉じで終わらせずに勇者で終わらせるミキさんはまちがいなく「いまのミキさん」だなあと思って、それがすごくうれしかった。イントロで力いっぱい煽りを叫ぶ紅さんを見て、いや全然終わらないしここからはじまるんじゃん、と思えて、都合よく考えてしまって申し訳ないけど、やっぱり紅さんは助けにきてくれたんじゃないかなあと思ってしまったなあ。


なんか変な順番の感想だ!


まるもはじまりのライブはいままでにもたくさんあるけど、アイソでまるもはじまりだと朝ゲイだ!という気持ちにちょっとだけなる(1限だったというのもあり)。この日は帽子なしかつ紅さんが髪の毛ノーセット状態で登場して、演者の本番でのノーセット断固拒否派のわたしはやばい恐れていた時がきてしまった!!!!!!!ノーセット他界だ!!!!!!!とひとりでザワザワしていたけど、3曲めくらいでもうすでにノーセット最高~!になってた(チョロ・・・)。ライブが終わるころにはもっとそんなかんじになっていた、あまりにもきれいだったから。うつくしいものがいちばん強いんだな。

(でもこのうつくしさは紅さんがふだんセットをめちゃくちゃしっかりしている人で、その積み重ねがあったこそのうつくしさと思っています、全部すてきだ)

アイドルオタクとしていろいろなアイドルの子を見てきて、紅さんってアイドルとして特殊というか、本来の道すじであればアイドルは選ばなかった人なんだろうなあとよく考える。そういう人だからこそ、ライブ中のパフォーマンスとか表現を見ているとああわたしとはまったく考え方や生きてきた道のちがう人なんだなと思わされる瞬間もたくさんあるんだけど、自分の固定概念をひっくり返される瞬間がとても好きだなあと思います。今回のノーセット問題もそうかもしれない。

この日は「あなた」だった気がしてうれしかった(いやなんでもうれしいんですが)。でもなにより君やあなたやお前、の全部を紅さんのことと思えるようになれたのがいまだにちょっと泣きそうになるくらいうれしくて、たぶんいつまでもそんな気持ちなんだろう。まるもってなんか浮ついてていつもなんにも覚えてられない。


新体制有観客はじめてのフレ!アイソで聴くフレも朝ゲイだ~という気持ちにすこしだけなった!ハッピー!いつかのオンライン特典会でミキさんが「この曲はおなカマがどう盛り上がっていいのかわかんなくて戸惑ってるのがおもしろい」と言っていてそうだね・・・(納得)になったけど、大サビ?の振りが奇妙なことになってしまったからさらにどうすればいいかわからなくなってた。従うので指示ください!紅さんがずーっと好きな曲~と言っていたしたのしそうにしていてうれしくなった。表情ばちばちに作る(作れる)ひとだからこういうの似合うよねえ。麺食べてるところいちばんかわいかった(まあいつでもいちばんかわいいが・・・)し、アウトロでオーマイフレンド~♪を口ずさんでいるようすだったのもめちゃくちゃ紅さん~!で好きだった!


ここでリバが来てへんなセトリだな~と思ったけど、終わったあとにセトリを眺めてみると、ここはたしかにリバなのかなとも思う。

ここからつぎの三原色カタルシスにかけて、紅さんが前回(7/7)とまたべつの人になっている、と感じられてすごくすごくうれしかった。いいライブだ、と思う気持ちと推しのパフォーマンスがすてきだと思う気持ちは違うものなんだけど、それが重なる日がいちばんいい日と思っていて、この日はそうだった。3日空いただけで変わってしまうんだから、オタクがどんなに変化ひとつひとつを分かりたいと思っても分かりきることはできないんだろうなあ。紅さんのすてきなところとかよくなったところって、たぶんステージに立ったことのある人や立っている人が言語化しやすいんじゃないかな~となんとなく思っていて、パフォーマー側ではないわたしはだいたいよかったかっこよかった、で終わってしまうんだけど、ひとつひとつの動作の鋭さが増していたように感じられて、かつそれが勢いまかせものじゃなく意識的なもののように見えた。それがよかった!し、さらさら顔を隠す髪の毛も扇風機の風も全部舞台装置として味方につけていてぞくぞくしたし、目がきらきらきらきら光っていてきれいで、あの瞬間をあのまま残せておけたらどんなにすてきなことだろうかと何度も思った。

ステージをただただ見上げる側の勝手に思うことだけど、ステージでうたうひとには詞を外側に纏うような人と詞を内側に落とし込んでいる人のふたつがあるような気がしていて、紅さんは基本的に外側に纏うようなひとと思っている。この日は内側から突き動かされるみたいなパフォーマンスに見えて、それがすごくすごくかっこいいなあと思ったんだなあ~。わたしは三原色カタルシスの「この風景だけは愛と呼ばせて」の瞬間がこの人たちのライブでいちばん胸いっぱいになるピークであることが多くて、この日もそうだったんだけど、「痛い痛い痛いけどDr.」の紅さんがそれこそ突き動かされるみたいな姿に見えたから、ピークのあとにまたピークがきてそれにめちゃくちゃやられてしまった。


こうやって胸いっぱいになったあとのピンポンダッシュって、ピンポンダッシュのいちばん正しいありかたのような気がしている。紅さんを見ていて、バチン!って電気が弾けるような感覚の箇所がたしかにあって、あ~なんかもうこれでおわりでもいいくらいだなあって思っちゃうくらいしあわせだったなこのとき。


冒頭にもすこし書いたけど、MC明けのパラレルヤワールドがとんでもなくよくて、ブワブワブワーって全身の毛が逆立つような感覚だった。ジブリ状態。最近はとにかくパラレルヤワールドがすごくいい、わたしたちの目にするパフォーマンスとか、それによって感じるエネルギーみたいなものってかたちがないけど、最近のパラレルヤワールドには体全身圧されるような質量がたしかにある感覚。なんでだろうな~と思っていたんだけど「ミキがいいから」という仮説を聞いてめちゃくちゃ納得。やっぱりミキさんがいいライブがいちばんいいライブなんだよな。この人たちの気持ちには質量があるんじゃないかと信じさせるような力があるけど、それがだれよりもあるのはやっぱりいつだってミキさんなんだなあ。

「質量」とか「圧力」とか、この曲はそういうことばを使ってしまいたくなるような凄みの曲なんだけど、この曲の紅さんの所作はほかと比べてもいちだんとていねいで、空中をなぞる指を見るたび泣きたくなるような気持ちになる。わたしのなかのこの曲の「質量」を裏付けるのは、この曲の紅さんがものすごく神聖に感じられるそのことな気がしている。


ハワワ~ってなったあとに青春が来てさらにハワワ~になった(バカの感想)。ここからもそうなんだけど、とにかく流れがすばらしい日だった。

振り返るとどこかに手を伸ばしたくなるような、のすこし前から、糸みたいに細くてまばゆい光線がフロアまで伸びて、あれが見えた瞬間にたくさんの人が息をのんだんじゃなかろうか。わたしは一瞬息ができなくなってしまった。あ~今見ているもの全部わすれたくね~~~~って駄々こねて体中かきむしって暴れだしたくなってしまった。あんなことある?あんな光景ある?あの光線を背負ってうたうミキさんはどうしようもなく神さまに見えた。ここから一気に雪崩れるみたいにエ~ンって涙モードのスイッチが入ってしまって最後まで行ってしまったな~~。

あ~~~っていう声にならない叫びとか泣きそうなのを食いしばっているときってたぶんひどい顔をしていて、そういう顔のときに紅さんと目が合う(※ように思える)と紅さんはギュッとした表情をする(※ように思える)ときが多くて、それを見てまたいとおしい人すぎるなあと食いしばることになってしまうんだけど、この日の光線を目の当たりにしてグ~っと食いしばっているときに紅さんと目が合うと紅さんは慈愛、としか表現しようのないやさしい顔で笑っていて、ここでまた、神さまだなあ~と思ってしまった。わたしはわたしの理解が追いつかないようなうつくしいものを見るとすぐ神さまみたいだと思ってしまう。

アイドルのことを神さまだって思ってしまうからアイドルのことを神さまだって思いたくない。過度な神格化をしてしまうことで、大切な人を一コンテンツに貶めてしまうようでわたしはそれがものすごく怖い。けど、青野くんに触りたいから死にたい(わたしの引用元ってほんとうに一定数のものしかないね〜)で「こんなこと思っちゃいけないは本当はそう思ってると同じ意味じゃん」「否定し続けることと肯定し続けることは同じだから思いは蓋をすればするほど強化されるんだよ」ってシーンに差し掛かったときに、いやそうなんだよなってぶっ刺されたような気持ちになったから、結局そういうことなんだろう。青春のさいごの紅さんが神さまみたいで、神さまに気持ちを捧げながら胸いっぱいになって死にそうになる状態にまたなることができたなんて、なんてすごいことなんだろうか。永久にありがとうなんだよなあ〜


からの耳をすませば、熱くていつも以上に指さす指に力が込もって、もうすぐこのライブが終わっちゃうのが感覚でわかってしまう。はやく声が出せる日が来たらいいなあ、はやく名前を叫べたらいいなあとめちゃくちゃ思った。でもやなことばかりじゃない人生はからの四人のバトンタッチのシーンで、いちばんうしろにいる紅さんがうつむいてマイクを両手で持ってひとり立っていて、でも目に強い光をたたえた姿はものすごくわたしの見てきた二丁目の魁カミングアウト的な姿だった。


He isがはじまると、黒と白が逆転するみたいに場の空気が一変する。先に書いたとおり、耳をすませばからのこれは、あまりにも「最終回」的に見えたなあ。

青春のときに伸びていた光線がHe isでまた現れて、青春のときにはミキさんの後光みたいに見えていたそれが、この曲ではステージを横切る断ち切り線のように見えた。2:2の踊るふたりがうごくたびに光線がその人の輪郭を一瞬だけふちどってきらっと光って、その一瞬が数えきれないくらいあったのがすごくきれいだった。あの光線があったから、ぺいさんの金髪が意味だ、と思ったりしていた。

三人が床に這って踊るシーン、下手側のミキさんのすぐうしろにいる紅さんのことをいつも角度的に目にすることが叶わなくて、でも今日はいつもとおなじような位置で見ていたのにもかかわらずしっかりと見ることができた。巡りあわせだ。あの姿をわたしはまだうまくことばにすることができないんだけど、今日この日紅さんが髪をおろしてきたことはこのときのためだったんじゃないか、と思ってしまうような姿だった。こういうこじつけみたいなことをわたしはいつまでも大切にしてしまう。立ち上がってから踊る姿はいつ見ても「鬼気迫る」という表現がふさわしいんじゃないかと思いつつも、こんなきれいな人いない、と思うようなシーンでもあって、わたしはここの紅さんがすごくすごく大切。

ここでひとりうたうミキさんがいる舞台上は、ステージというよりもただ暗闇に光がさしこんでいるだけのような、ミキさんではなく太郎くんがそこにいるような光景で、ミキさんの頬をつたう汗があんなに生々しく見えたのははじめてでハッとした。白昼夢みたいな時間だった。

いまのミキさんとぺいさんが互いに見やる姿はあまりにも力強すぎて、この日もそうだった。発光しているみたいだ、ってこういうときに使うのかもしれない。推しているひとをできるかぎり見逃したくない、と思いすぎるわたしがここに限ってはもうミキぺいしか見ていられなくなる。こんなふうに終わっていくのならもしかしたらこわくないのかもしれないな、と思うくらいきれいな光景だった。


アイソトープラウンジでのそっ閉じはすごくひさしぶりだったのかな。わたしはたぶんショックなことがあると自己防衛として記憶をとばしてしまうんじゃないかなと自分では感じていて、(ただ単に覚えていないだけかもしれないけど)何度も見たはずのアイソでのそっ閉じの光景がまったく思い出せなくて、曲が終わったあとにミキさんとぺいさんがいままでのそっ閉じを懐かしんでいる姿をすごく遠く感じてしまった。でもこの日のそっ閉じは、いまこのときのそっ閉じでしかなくて、わたしもいま目の前にあるステージのことしか見えなくて、そのことがとてもしあわせだったなあ。

そっ閉じだったよな、そっ閉じだったんじゃないかな、と思い出せずにいるんだけど、筆さんのソロパートで一面があかるい水色に染まったシーンがあった。アイソでわたしがいちばん好きな色の照明で、こんなに一面この色に染まった光景をわたしは新体制になってからおそらくはじめて見た。わたしの思うきまるさんの青色とはまた違った水色だったから、ただ「わたしのいちばん好きな色の照明」としてわたしのなかで大切にしていたんだけど、この日、ああ筆さんあなたの色だったんだなあってハッとした。ずっと筆さんが来るのを待っていたんだなあってたまらない気持ちになってしまったんだよなあこの瞬間。思い出すだけで泣いちゃいそうになる。

ライブが終わったあとの特典会で、ぺいさんがそっ閉じの紅のところでぐりちゃんのことを思い出していたよ、と教えてくれて、前にもそんなことを言ってくれていたぺいさんってほんとうにやさしい人だ。わたしはよく好きな曲の詞をきくと好きな対象のことを当てはめてしまうけど、それってすごくすごい心のうごきのような気がしているから、詞をきいて思い出してもらえるってすごいことだ。たとえばわたしが白鳥さん推しだったことをわすれてしまうようなことがあったとしても、ぺいさんがこうやって思い出してくれるかぎり白鳥さん推しでありつづけられるような気がする。「全てを照らしたいんだ」の歌唱がすごくすごく好きな歌唱で、こんなにおおきな意味の詞を目の前にしてもあ~大好きな歌唱だなあっていちばんに思ってしまって、それがとてもしあわせでわたし紅さんに会えてすごくよかったなあと思っていたから、おおきく見積もったら実質ぺいさんとおなじ気持ちでいたのかもしれない。


勇者のイントロっていいイントロだな~と思ったし、イントロで煽りを叫ぶ紅さんの声をきいて、紅さん声の出し方がますますよくなっているんじゃないかなあと思ったりした、煽りの声がすごくすごくパーンって気持ちよく届いてめちゃくちゃよかった!テンポもはやくて声も力強く出さなきゃいけないような曲と思うんだけど、この曲の紅さんの歌は強いだけじゃなくていねいに届けられるような歌唱で、それがめちゃくちゃ大好き!最近でいちばん高く跳べた勇者だったなあ~。


会場から出てしばらくしたら大雨に降られたりして、傘をわすれたわたしは買ってもらったりして(ありがとうございました)さんざんだったけど、そういうこと含めてよかった。その日の空気のかんじをいつか思い出したくて、わたしは気温とか湿度とかちまちま調べなおしたりするんだけど、そういう気持ちで写真を撮ったりもしてしまう。全部記憶をたぐりよせるためなのかもしれない。


ほぼ枯れてるひまわりがすごい巨大だった!
どうしても海を見に行きたくなってわざわざ遠回りして寄ったけど、そのせいでまた降られたし波も大荒れでなんか全然浸るかんじじゃなかったのおもしろかった
どしゃぶりなのに懸垂してるマッチョの人がいてはやくマッチョになりたいなーと思いました
すごいいい日だった〜
長々と書いてしまったけど言いたいことは「すごいよかった」のひとつのみです、すごいよかった!

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